「KORAILの名前を聞いただけではらわたが煮えくり返る思い」

"코레일 이름만 들어도 내장이 끊어지는 느낌" - 오마이뉴스

Oh my News ファン・ユニ記者  2015.3.11

 <インタビュー>KTX女性乗務員の「初めての」職場の話

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鉄道労組の集会:民主労総の全国鉄道労組がKTX女性乗務員の直接雇用を求める集会を開いている。

 

 △△造船の工場で△△造船の船を作る人は、△△造船の職員でなければならない。□□マートで□□マートの制服を着て働く女性は、明らかに□□マートの職員でなければならず、○○大学で清掃をする清掃員も、○○大学が雇用して賃金を支払うのが正しい。また☆☆放送通信業の制服を着て☆☆通信業のケーブルの設置および修理を担当する労働者は、当然、☆☆通信業の職員でなければならないだろう。

 同様に、KTX乗務員職に志願して入社し、KTXの制服を着てKTXに乗って働き、すべてのKTXの広告に出た労働者は、当然、KTXを運行するKORAIL(韓国鉄道公社)の職員でなければならない。ほとんどの人は、そのように考える。なぜか?それが「常識」だからだ。ましてや、美しい女性乗務員を選抜してKTXの「顔」として前面に押し出して広報したのだから、KORAILでとても大切にされている職員だと思い込むだろう。

 ところが、これがすべて違っていた。私たちは毎日のように大臣様の家で仕事をしていたのだが、大臣様が私たちを雇ったことはないと言うのだ。大臣様の匙は何個で、調味料はどの程度が最も美味しく、どの壁に補修工事が必要なのか、私たちだけが知っているのに、大臣様は私たちに会ったことがないと言い、そして私たちは、大臣様の家の仕事をしていないことになる。面喰ってしまう。私たちを雇っていたのは、いったい誰なのか?

 2月26日、大法院は、KTX女性乗務員について、韓国鉄道公社に所属している労働者として認定できないと判決し、下級審の判決を棄却、差し戻した。1審と2審で「黙示的労働契約関係が成立していた」と見なしたことは完全に覆され、すべて反対に解釈された。3月6日、ソウル龍山の鉄道会館で会った全国鉄道労組KTX乗務支部のキム・スンハ支部長とチョン・ミジョン総務は、大法院の判決を聞いてただ茫然とした。一度たりとも負けるとは思っていなかったという。そして現実とは思えなかった。

 法院が、労働事件の再審期間を棒飴のようにダラダラと引き伸ばして労働者を疲れさせ、上級審に行くほど使用者の肩を持つという状況だ。KTX女性乗務員たちの闘いは、2006年の解雇以後、9年間続いており、2008年から始まった訴訟は、大法院の判決まで7年かかった。さらに、差し戻し審が確定した場合、女性乗務員たちは、1人当たり1億ウォンの金を返さなければならない。1億ウォンは、2008年に労組が出した賃金支給の仮処分申請が法院に受け入れられて受け取った4年間の賃金と訴訟費用だ。過酷にも、9年間の闘いの結果が借金1億ウォンとして戻ってきたのだ。

 KTX女性乗務員の使用者は委託業者なのか、KORAILなのか?

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デモに出かける女性乗務員:大法院が1審と2審の判決を覆して、女性乗務員に対して韓国鉄道公社に所属する労働者として認定できないと判決した。

 

 2003年12月、KTXの開通を前にして、大々的な女性乗務員の雇用が行われる。実に300対1に達する競争率だった。美貌と教養を備えた20代前半・中盤の女性が大挙して入社する。彼女たちの中には、航空社の客室乗務員を志願した者も多かった。入社にあたって彼女たちは、「KTX乗務員職」というタイトルを見て来た。

 当時は、非正規職に対する社会的認識も特になく、乗務員たちは、自分が委託業者である○○流通所属の非正規職だという事実が意味するところを、ほとんど認識できていなかったと言う。しかも○○流通は、当時、韓国鉄道公社(当時は鉄道庁)の子会社だった。だから彼女たちは、自分の地位が問題になるとは、思いもつかなかった。

 加えて、採用段階から鉄道庁が関与した。入社後の教育も、韓国鉄道公社の研修院で、公社の職員から受けた。大法院は、女性乗務員が、安全業務と別個の外注化されたサービス業務だけを遂行したと見なしたが、彼女たちは当時、安全教育も受けていた。安全教育は、韓国鉄道公社内部の教育プログラムに参加する形式で行われた。

 2004年にKTXが開通した時は、大々的な広報に利用された。KTXの広告には、ほとんどすべて女性乗務員が登場した。「地上の花」「地上のスチュワーデス」など、あらゆる華麗な謳い文句のもと、女性乗務員たちは、KORAILの職員と同じ色、同じデザインの制服を着て広告に出演した。

 開通後は、一から十まですべてのことを、女性乗務員たちが自ら作っていった。彼女たちが最初だったので、安全マニュアル、顧客応対マニュアルなどを、経験をもとに直接作っていかなければならなかった。10年遅れのKTXを持ち込んできたため、顧客の不平不満も多かったが、それらをすべて女性乗務員たちが最前線で受け止めた。それでも辛いことはなかったと言う。なぜか?彼女たちの生涯初めての職場だったからだ。また、初めて開通するKTXであり、そんなKTXの発の女性乗務員だったからだ。

 そんな女性乗務員たちには、こんな言葉がいつも伝えられていた。「鉄道庁でTO(定員)がないので今は○○流通の所属だが、TOさえできればそちらに移る」「鉄道庁が韓国鉄道公社になれば、正社員として採用する」「乗務員は核心業務を遂行する人員で、外注化はできない」など。鉄道庁が伝えるそれらの言葉は、甘く心地良かった。女性乗務員たちは、その言葉を信じて疑わなかった。

 しかし、2年6か月後、状況は急変した。2005年に鉄道庁は韓国鉄道公社に変わり、2006年に韓国鉄道公社は、乗務業務をKORAIL観光レジャーに委託し、女性乗務員に対して、委託業者の職員に転換することを提案する。何度も聞いた甘言が真っ赤な嘘に変わる瞬間だった。女性乗務員たちは呆れ果てて、これを拒否した。彼女たちは、公社が自分を雇用しなければならないと信じ、そうしてストライキに突入する。しかし、韓国鉄道公社は、転換を拒否した女性乗務員280名を解雇してしまった。

  女性乗務員は安全とはまったく関係ないサービス職?

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デモの途中に連行される女性乗務員:2008年までの3年間、KTX女性乗務員たちは闘争を続けた。生涯で最も美しい時期の3年がそうやって過ぎていった。  

 

 今回の訴訟で核心争点は、女性乗務員が、韓国鉄道公社の直接の指示を受けて従属的な関係で働いていたのか、という点だった。先に1,2審では、女性乗務員の業務が実質的に業務の独自性がなく、韓国鉄道公社側の一つの事業部署として機能していたと見なした。また、鉄道公社が女性乗務員の諸般の労働条件を定めていたと見なしたという。

 しかし、大法院は、このすべてを覆した。大法院は、判決文で、客室の温度および照明のチェック、乗客へのあいさつ、老弱者の乗降補助、案内放送などが女性乗務員の主業務だったと見なし、韓国鉄道公社所属の職員である「列車チーム長」の安全関連業務とは区別されていたことを根拠に挙げた。女性乗務員は列車の安全と関係のないサービス業務だけを担当し、それ故に韓国鉄道公社の直接の指示なしに独自に業務を遂行していた、ということである。

 このような説明は、説得力があるのだろうか。まず、女性乗務員と列車チーム長は、同じ空間で仕事をしていた。また、女性乗務員の主業務は、客室の温度や照明のチェック程度のものではなく、顧客の要望処理だったと証言する。顧客の要望には安全と直結するものが随時発生し、そのような状況で、列車チーム長の関与や指示なしには仕事の遂行が不可能だったということだ。乗務員が列車チーム長を上司と思っていたことも、そのためだ。

 「私たちが安全業務と関連がないのなら、どうして事前に安全教育を受けたのでしょうか。列車の中の業務は、安全と関連があるかないかを区分することがほとんど不可能です。乗客の安全が最優先されなければならないサービスですから。安全と関連する事案が発生するたびに、私たちは第一線でそれに対応しました。もし、飛行機の乗務員の業務が顧客の安全と別だと言えば、常識的に納得がいきますか?」

  

社会の正義を信じたという罪 

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 KTX女性乗務員:普通の可愛らしい娘だった彼女たちが9年の闘いを牽引できた背景は、彼女たちが限りなく純粋だったからであった。

 

 女性乗務員たちは闘った。最初のストライキをしながら、一週間くらいストをすれば終わるものと思っていた。それほど、当然のことだと思っていたからだ。しかし、2006年の事件は今日まで続いている。彼女たちは、その歳月をどのように過ごしたのか?訴訟に入る前には、300名を超える労組員が生活をすべて投げ打って、懸命に闘争を続けた。労組員たちは、ほとんど合宿生活をしているかのように暮らした。

 「私たちどうしでは、『軍隊に行って来た』と表現します。また、行くだけではなく、戦場で直接戦ったと言います。私たちにとっては、闘争、デモ、スト、これらのような用語が馴染みのないものでした。大学に通っていた頃には、授業料闘争もしなかったのですが。ところが、状況が私たちをそうさせたのです。」

 キム・スンハ支部長の言葉だ。およそ3年、彼女たちは、毎日のように街頭に出て集会を開き、やり切れない思いを訴えた。容易いことではなかった。また、その頃は20代半ば、生涯で最も美しい年頃だった。

 「春の日、デモの最中に、ミニスカートで綺麗に着飾った同じ年頃の女性が通り過ぎると、この上なく羨ましかったです。私たちは毎日、ジャンバーなんかを着て、デモの現場にいなければならなかったから。そんな生活をしたい人がどこにいるでしょうか?」

 チャン・ミジョン総務の言葉。そうだ。人生で最も輝かしい時期が、そのように街頭で過ぎ去っていった。疲れないはずがなかった。1年後には労組員が90名に減り、3年後には34名だけが残った。生活のために闘争を続けられなかった人々がおり、少数だが、会社側の懐柔に騙されて地位が確保され、復帰する人たちもいた。

 そして彼女たちは、1審だけでも判決が出ればそれに従うという韓国鉄道公社の約束を信じて、訴訟に突入した。法廷闘争が長期化するだろうことはわかっていたが、かなり証拠が多く、法院でも受け入れるだろうと考えた。しかし、韓国鉄道公社は約束を破り、1審判決に従わなかった。

 司法部は、その1件についての判決を下すのに7年を費やした。7年とは、どうしてそれほどの時間が必要なのか、一般人の常識では理解できない。労働者を処罰する判決は早く、労働者の権利を保護する判決は長くかかるという巷の言葉は、ここでも確認される。法院の判決を待つ間、弱者である労働者は一日一日と疲れていき、だんだん隅っこに追いやられていくしかない。

 彼女たちは、解雇当時、20代半ばの社会に出たばかりの者たちだった。そして、左派だとか「従北」だというような言葉はまったく知らない、普通の可愛らしい娘たちだった。彼女たちが9年の闘いをけん引できた背景は何なのか?インタビューの最後に、キム・スンハ支部長の言葉から意外な理由を見つけることができた。

 「こんなにまでなるとは、思ってもいなかったです。ただ自分たちが正しいから、当然に解決すると信じていました。また、私たちの社会が正義の社会だということに、疑いがありませんでした。社会に不信を持つことができ、計算することができていたなら、むしろ今まで闘えなかったでしょう。」

 彼女たちの罪は、純粋だということだった。そして、恐れることなくこの社会の正義を信じたということだった。

 

私たちすべての敗北

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 直接雇用を求めるデモ:KTX女性乗務員たちは、大法院の判決後に総会を開き、もう一度闘おうと決議した。理由は他でもない。悔しいからだ。 

 

 大法院の判決後、解雇女性乗務員たちは総会を開いた。20代半ばの娘たちは、今ではほとんどが「子を持つ母」になり、子どもを連れて総会に出席した人たちもいた。総会の雰囲気はどうだったのか?思ったほど憂鬱ではなかったと言う。中年になったからか、より強靭になったようでもあると伝えられる。この席で、彼女たちは、もう一度闘おうと決議した。理由は他でもない。悔しいからだ。キム・スンハ支部長が計画を語る。

 「まず、差し戻し審をしっかりと準備しなければなりません。韓国鉄道公社にも、条件なしの対話を要求しました。可能なら、再び街頭に出る計画も立てているところです。」

 社会正義一つを信じてストに突入したこの女性たちに1億ウォンの金を差し出せというのは、どの国の正義なのか?総会で、果たして1億ウォンの金を工面できる人がいるのか調べてみたが、誰もいなかったと言う。庶民にとって1億ウォンという金は、「ほとんどすべて」と同じだ。チョン・ミジョン総務が口を開いた。

 「本当に辛いのは…私が選択したことであって、選択して今まできたのだから、私が責任を負うのはかまいません。しかし、愛する夫にまで責任を負わせるのが、とても胸が痛みます。」

 彼女たちは、解雇後、まともな仕事を得ることもできなかった。3年の闘争期間は、仕事もできず、また、以後、経歴断絶に闘争履歴がある者だということで、就職が簡単ではないだろう。一生の重要な時期がそのように犠牲になった。おそらく、それに対する慰謝料を1億ウォンほどもらってもすっきりはしない。それでもまだ労働者でありたいと思っているのか、気になった。キム・スンハ支部長は答える。

 「労働者でありたいです。今もKORAIL、KTX、鉄道、そんな単語をどこかで聞いただけでも、はらわたが煮えくり返る思いです。私の<初>の職場だったのです。私たちが力いっぱい働いて基盤を築いたという自負心がありますし。2年6カ月ですが、すべての心を尽くして働きました。帰りたい故郷のような感じなのです。」

 インタビューの間ずっと、丁寧に話を続けていたキム・スンハ支部長が、「初めての職場」という言葉にとうとう目頭を赤くした。

 「一人で変えることができないという無力感が、たくさん湧いてきました。被害者意識もたくさん生まれましたし。一時、不信と憂鬱が重なって、この国を離れたいと思いました。でも、だからと言ってこの国を捨てることもできません。なぜなら、私が愛する人が、みんなここにいるからです。愛する人がみんなここにいて、離れることもできないのです。」

 そうだ、こんな国を捨てて離れたいと思う人が一人二人だろうか?KTX女性乗務員たちの話は、おそらく私たちすべての話として記録されるだろう。彼女たちの勝利が私たちの勝利であり、彼女たちの敗北が私たちすべての敗北になるのだ。だから、あなたに心というものがあるのなら、この小さくか弱い胸に、わずかでも力になってあげなければならない。そうしてこそ、明白な敗北であっても真の敗北にはならないだろう。ああ、春が来るというのに辛い。