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「韓国に行け」嘲弄されても良心を捨てるわけにはいかない

 "'한국 가라' 조롱 받지만, 양심 포기할 수 없다" - 오마이뉴스

 オーマイニュース  2015.8.15

 

 <光復70年>三菱の勤労挺身隊ハルモニを支援する日本人たち…毎週720kmの遠征デモ6年目

 

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 去る6月26日、「名古屋訴訟支援会」の会員たちが東京の三菱重工業本社前で「謝罪と補償」を求める「金曜行動」を行っている。去る2007年から始まった金曜行動(第1・第2次)は14日で満6年を迎えた。

 

「三菱重工業は朝鮮人女性勤労挺身隊の被害に謝罪して賠償せよ。それが正義だ」

 毎週金曜日の朝、東京の品川駅と三菱重工業本社前で、三菱と日本政府に対してシュプレヒコールを叫ぶ人たちがいる。

「名古屋の三菱朝鮮人女性勤労挺身隊訴訟を支援する会(以下、名古屋訴訟支援会)の会員だ。「光復70年」を翌日に控えた14日。「名古屋訴訟支援会」が行っている「金曜行動」が満6年を迎えた。 

 

三菱本社前の「金曜行動」…「放棄できない闘い」

1998年に結成された名古屋訴訟支援会は、日帝植民地支配の時期に三菱重工業(以下、三菱)名古屋航空機製作所に強制徴用された韓国人女性勤労挺身隊の被害者を支援してきた。この団体の会員が初めて金曜行動(第1次)を始めたのは2007年7月だ。

被害者のハルモニたちが1999年3月1日に名古屋訴訟支援会の支援を受けて提起した損害賠償訴訟が相次いで敗訴(1審・2審)すると、日本の最高裁判所に上告した後、直接行動に立ち上がった。主要社長団会議が開かれる毎週金曜日を「行動の日」とした。

金曜行動を行っていた中、最高裁判所は原審敗訴の確定判決(2008年11月)を出した。またも現実の壁を確認した瞬間だった。日本で法的責任を問う道は閉ざされたが、高橋信代表(73)の表現を借りれば、「訴訟よりはるかに困難な闘争」を止めるわけにはいかなかった。

「二度と反人倫的な行為が起きてはいけないという良心を捨てるわけにはいかない。ハルモニたちと遺族の尊厳を必ず回復しなければならないという信念のためだ。」

名古屋訴訟支援会の「第1期会員」の平山良平さん(67)は、「日本が犯した過ちに『口を閉ざさない』という意思を示したい」と述べ、「金曜行動などの支援活動は、日本人として恥ずかしくないためのものだ」と語った。

名古屋訴訟支援会と被害者のハルモニたちの困難な闘いが知られるようになり、2009年3月に光州で「勤労挺身隊のハルモニと連帯する市民の会(以下、市民の会)」が結成された。日本政府と三菱重工業に対する市民の怒りも大きく、十数年間支援してきた名古屋市民の献身にも刺激された。「私たちがまず解決しなければならない問題なのに、この間何もできていなかった」という恥ずかしさも先立った。 

 

 「韓国に行け」嘲弄されても…720km遠征デモ6年目

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 14日に6年目を迎えた名古屋訴訟支援会の東京金曜行動。支援会が東京の三菱重工業本社前で毎週金曜日に行っている遠征デモは、強制徴用闘争の象徴となっている。写真は、去る6月26日の金曜行動に参加した会員たちが品川駅でビラまきをしている様子。

 

以後、光州で展開された10万人署名運動、三菱自動車光州展示場前の1人デモと第1次不買運動、日本の厚生省の「厚生年金脱退手当99円支給」騒動、東京での三歩一拝(関連記事:「日本と三菱の良心は99円なのか?」)、名古屋の金曜行動などが相次ぎ、三菱を非難する世論はますます高まった。知らんふりで一貫した三菱が交渉の可能性を打診してきた。「歴史的な交渉」だと期待したが、2010年7月から始まって2年間行われた交渉は、結局決裂した。

三菱は、謝罪はもちろん賠償まで拒否し、「日本に留学する韓国人を支援する」という話にならない発言を繰り返した。韓国政府は傍観するだけだった。名古屋訴訟支援会は再び街頭に出た。

こうして2012年8月10日、しばらく中断していた金曜行動(第2次)を展開した。金曜行動は去る7日まで、全291回(第1次145回、第2次146回)行われた。6年間に2400人余りが参加した。松井妙子さんは「困難なことは無数にある」と語った。名古屋から東京まで往復720km(距離360km)を厭わない。新幹線に乗るしかなく、交通費の負担も少なくない。韓国ウォンで20万ウォンをはるかに超える。

291回行われたが、10人以上参加した日は稀で、両手で数えられるほどだ。通り過ぎる東京市民に追いすがってビラを配っても、冷ややかな反応がほとんどだ。顔が赤くなるような嘲弄も聞く。高橋代表がなぜ「訴訟よりももっと困難な闘争」だと表現したのか見当がつく。

 「韓国人に騙されている。全部(強制徴用、植民地侵略など)嘘だ。どうして韓国人の味方をするのか。そんなに韓国がよければ韓国に行け」。

岩田朝子さん(70)は、「日本国民が悪いのではなく、歴史をありのままに教えないためだ」と言い、「ハルモニたちが経験した恥辱的な被害を知れば、そうではない」と、淡々と受け入れた。李クゴン市民の会常任代表は、「光州―ソウルより遠い距離を毎週行き来して闘争するのはたいへんなことだ」として、「何一つたやすいことはなく、尊敬する」と語った。 

 

韓国だけを無視する三菱…「ハルモニたちが笑う日、闘争が終わる日」

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名古屋訴訟支援会は、毎週金曜日に東京の三菱重工業本社前で遠征デモを行っている。写真は、6月26日に株主総会を控えた三菱本社で、謝罪と賠償を求めている様子。この日は光州の勤労挺身隊市民の会の会員が共に参加した。

 

名古屋訴訟支援会の活動を伝え聞いた韓国人が「有り難く、恥ずかしい」と言うと、逆に会員たちは「申し訳ない」と答える。1988年から高橋代表とともに活動してきた小池裕事務局長(74)は、「日本の戦後70年は過ちだった」として、「韓国に申し訳ない」と謝罪もした。

太平洋戦争当時、三菱の名古屋航空機製作所道徳工場の職員として勤労挺身隊のハルモニたちとともに働いていた村松寿人さん(87)は、「日本の間違った戦争による犠牲だ」として、「力の限り、人生が終わる瞬間まで行動する」と誓った。彼は自分の名刺に「強制連行の職場 三菱重工業」という文字を入れている。自分が所属していた企業の恥ずべき過去を告白して、謝罪を促すためにだ。

「いつまで金曜行動をするのか」という記者の質問に、会員たちは一様に「ハルモニたちが納得できる謝罪と賠償を受ける時まで」「ハルモニたちが笑う時まで」と答えた。

李クゴン市民の会代表は、「韓国に大きな支援団体もなく注目もされていなかった頃に被害者のハルモニを支援してきた名古屋市民の闘争は、非常に貴重でありがたいものだ」と述べ、「時には『反響のない叫び』のような現実の壁に直面するが、支援会とともに『終わりのない闘い』を終わらせる」と連帯の意思を伝えた。

韓日両国の市民団体の金曜行動と不買運動などをあざ笑うかのように、最近、三菱マテリアルは、相次いで米国と中国人強制徴用の被害者に謝罪と補償をした。韓国には「強制徴用ではない」として、唯一韓国だけを無視している(関連記事:三菱「韓国人の徴用、戦争捕虜とは違う」補償を拒否)。去る6月24日、光州高等法院が「三菱に賠償責任がある」と原告勝訴の判決を出したが、受け入れずに大法院へ上告している。

これについて名古屋訴訟支援会の高橋代表は、三菱を岩に例えて「卵を投げ続ける。いつかは壊れるだろう」と述べ、「韓国国民もいっそう闘ってくれることを望む」と訴えた。

f:id:eastasianpeace:20150816120626j:plain「悲劇を繰り返さないためにここに真実を刻む」。名古屋訴訟支援会は、訴訟支援活動、金曜行動だけではなく、朝鮮人女性勤労挺身隊のハルモニたちの被害事例を調査して記憶する「記憶闘争」も長い間行ってきた。写真は、去る4日、勤労挺身隊市民の会が主宰した第6期韓日青少年平和交流団に参加した光州地域の青少年たちが、東南海大地震の犠牲者追悼碑を訪れて献花している様子。この追悼碑は、三菱名古屋航空製作所道徳工場に連れて来られて強制労働に苦しめられ、地震で死亡した韓国人の少女6人を追悼するために建立された。高橋代表らが主になって1988年に建立された追悼碑は、昔の道徳工場跡に建っている。