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慰安婦ではなく慰安所の問題、明白な国家犯罪

「『日本軍慰安婦』論争·②」忠南大学校 ユン・ミョンスク(尹明淑)専任研究者インタビュー  イ·ジェホ記者 、ソ・オリ記者  (プレシアンより翻訳)

 

日本軍「慰安婦」をめぐる論争に関する専門家インタビュー、その2回目は、忠南大学校  ユン・ミョンスク専任研究員のインタビューだ。ユン専任研究員は、慰安婦問題の隠されてきた事実を明らかにした1991年の日本軍「慰安婦」被害者・金学順ハルモニの証言以来、これまで20年以上に渡り日本軍慰安婦問題についての研究や様々な著述活動を続け、国内の慰安婦問題の研究における有数の権威だ。  

 
ユン専任研究員は、日帝時代当時に日本軍が直接朝鮮人女性を連れて行ったケースは少なく、慰安婦は強制連行されなかったとの一部の主張について、「朝鮮が日本の植民地だったので可能だったのだろう」と一蹴した。 
 
彼女は当時、朝鮮ではすでに業者や売春斡旋業者が多い状況であったし、「公娼」のような慰安婦システムが構築されたので、あえて朝鮮人の反発を買ってまで軍が直接介入する理由がなかったと説明した。それとともに「募集する方法に違いがあるだけで、本人が望まない方法で慰安所に連行され、性暴力の被害を受けた」との本質的な側面は変わらないと強調した。 
 
慰安婦の姿が「民族の純潔な娘」として一般化されることが問題ではないかという指摘に対してユン専任研究員は「そのような現象は、挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)が作ったものではなく、韓国社会が作ったもの」とし、純潔イデオロギーの中に女性を閉じ込めておく家父長的な意識が慰安婦被害者を一つの姿でのみ記憶させたと分析した。 
 
それと共に彼女は慰安婦被害者が平和碑(少女像)の姿で記憶されることにも問題を提起した。ユン専任研究員は「様々な形で存在していた慰安婦被害者たちが平和碑のために完全に無視されかねないことを憂慮しなければならない」とし、「明らかに少女ではない人たちも被害を受けたことがあるが、彼女らは『私が被害者だ』ときちんと名乗り出ることもできない」と批判した。慰安婦被害をありのまま話すことをできなくする韓国社会の認識にも問題があるという忠告だ。以下は、去る1日午後、ソウル某所で行ったユン専任研究員とのインタビューの主な内容だ。
 

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ポン引き?業者?国が責任を負うという認識が重要 
 
プレシアン:朴裕河教授の著書「帝国の慰安婦」が世間で話題になった後、慰安婦の性格に関し様々な議論が行われている。ところが、ナヌムの家の慰安婦被害者らが本訴訟をするまでは、日本軍慰安婦問題を長い間研究した方々や関連団体では、朴教授の問題提起に特別な対応をしていなかったようだ。 
 
ユン・ミョンスク:まず、朴裕河教授は慰安婦問題の歴史的側面をよく知らないようだ。基本的に、朴教授は日本軍慰安所制度に対する理解が足りなかったと思う。慰安所制度は、一つの形だけではない。軍が直接運営する軍直営の慰安所、業者を置いて管理·監督する軍専属の慰安所、従来の売春宿や売春業者を軍が指定して利用する慰安所、このように大きく3つに分けることができる。 
 
韓国人慰安婦被害者の場合、上で述べたすべての慰安所にあった。さらにほとんどの場合において慰安婦が一箇所にのみ留まることはなかった。軍直営の慰安所にいた被害者がその次には専属慰安所に移って行くこともあったし、業者が丸ごと慰安所そのものを移動させたこともあった。このような様々な形態の慰安所を経験した被害者たちが各自の経験を証言しているわけだ。しかし、何よりも重要な点は、軍の慰安所制度というのは、軍人や軍属が利用することを原則とするところだったという点だ。 
 
プレシアン:朴教授が提起した業者や売春斡旋業者の問題について話をしてみよう。朴教授は、業者や売春斡旋業者に実質的な責任があると主張する。 
 
ユン・ミョンスク:もちろん、業者や売春の罪もある。しかし、軍の慰安所制度の性格を見る限り、国が政策的に慰安所制度というシステムを作ったという点に主眼があったことがわかる。国家が責任を負わなければならないということだ。この点を先ず認識する必要がある。 
 
日本軍は、日本国内の公娼制度を最も理想的な形と考えていた。つまり、政府が衛生的な慰安施設を作って管理してくれれば、これを安全に利用できるわけだ。だから、植民地では、日本の公娼制度を法律に基づき移植した。しかし、占領地ではそんなことはできない。だから最終的には公娼制度などのシステムを占領地では慰安所という形で作られた。当時の慰安所に赤線のような業者があり、お金をもらって人を客として受け入れている、このような方式を整えたのは当然のことだ。占領地とはいえ全くなかったシステムを新たに魔法のように作り上げることができるのではなく、既存の方式を占領地に合わせて作っていくものだ。 
 
慰安所の多くの形態が作られていく過程を見ると、最初は軍が直接運営する慰安所を立てた可能性が高い。例えば、南京大虐殺の後、上海に直営の慰安所が設けられたことが代表的なケースだ。最初に日本軍は軍が直接慰安所の運営にかかわっていた。そうするうちに、中国で抗日運動が激しくなると急に戦線が拡大し慰安所の需要が急激に増加した。これを軍は自ら作ることができない状況になったため、業者に慰安所を運営してもらう方式で慰安所が次第に拡大していった。 
 
軍が直接介入したことは、文献資料にも示されている。 1938年3月4日陸軍省通牒にも軍の介入が明記されている。また、後に出てきた日本軍の陣中日記、慰安所の規則等を見ても、軍が業者のような役割をしたり、これらを活用したことがうかがえる。これらの話をすべて無視し、ポン引きや業者のことにのみ注目すれば、読者は結局、慰安婦動員の責任を彼らにのみあると考えざるを得ない。 
 
もちろん、朴教授が重視する慰安婦被害者個人の経験も重要な事実ではある。しかし、その経験と口述を、責任を問う唯一の根拠にすることはできないということだ。 
 
結論として、国家がどのような役割をしたのかが重要だ。公娼制度において国と業者との関係というのは、国は業者を許可し、業者の違法を取り締まる役割をするが、軍の慰安所制度において国は業者の役割をしたものと見られる。もちろん、具体的な場面では、さらに詳細に調べなければならないが、大きくは、そのように捉えることができる。それ故に、国の責任を問うこともできるのだ。また、業者の責任もあるが、それは重要ではなく、二次的なものに過ぎない。朴教授が業者や売春斡旋業者の責任を強調しているのを見ると、「国家犯罪」という部分が最初から念頭に置いていないような気がする。 
 
プレシアン:ところが実際は、当時の朝鮮の慰安婦を募集する際に軍が直接女性を連れて行くよりも、業者やポン引きが連れて行った場合がより多くなかったか?そのような点で「強制連行をしたわけではない」という日本の右翼の主張が説得力を持つ側面もあるが。 
 
ユン・ミョンスク:まず徴募業者の構造を知っておく必要がある。徴募業者とは、要するにピラミッドのような形の構造だ。つまり上位には軍が直接許可・選定する徴募業者があり、その下には下請け業者が入ってくる。下請け業者の下には、さらに下請業者があるというように。だから、近所の金というおじさんにだまされ、就職詐欺にあったなどという口述が出てくるだろう。しかしながら、ここでもやはり重要なのは、末端の下請け業者の役割ではなく、この徴募業者の構造を誰が管理・制御したかにある。 
 
また、軍は直接女性を集める必要はなかった。それは朝鮮がすでに帝国の植民地だったからだ。と言うのは、周知のように、日帝は3・1運動の経験から憲兵政治を文化政治という支配形態に変更するしかなかった。この経験は、その後、日帝の植民地支配に影響を与えたものとみられる。徴兵制が実施されたのは、日本の敗戦直前の1944年からだ。すなわち、植民地時代の青年たちに銃を握らせたら、その銃口がどこを向くか確信が持てなかったからだ。このように、朝鮮は帝国の植民地ではあったが、だからといって無闇なことができるような植民地でもなかった。そのため、むやみに軍が女性に銃口を向けて連行することはできなかったと思う。また、当時の韓国では、女性に対する、いわゆる「純潔」イデオロギーが強固な価値を持っていた。このような国で軍が直接女性を連行する?しかも、全国的に?もしこのような事態が広範に行われたら、朝鮮総督府は朝鮮を支配することができなかっただろう。 
 
また、軍が表に出なくてもいい条件が揃っていた側面もある。先に述べたように、朝鮮からの慰安婦徴募において既に移植されていた公娼制度の仕組みが活用されているため、女性を集めていく業者が存在した。特に1940年以降は、職業紹介令が改正され、これにより、国家総動員体制の下で、国が徴募業者を法の隙間を縫って管理することもあった。軍の後ろに隠れることのできる良い方法があるのに、あえて朝鮮人の反発を買ってまで慰安婦を集める必要があったのだろうか?つまり、植民地である朝鮮の女性は日本の銃刀がなくても連れて行くことができる対象だったのだ。 
 
徴募における植民地と占領地での方法には、共通点と相違点がある。この違いこそが帝国主義国家日本の植民地支配がどのように日常的な暴力であったかが表れる部分だ。とにかく植民地朝鮮の慰安婦と占領地の女性はすべて本人が望まない方法で慰安所に連行され、性暴力の被害を受けたという本質的な側面を見ると、同じ被害者だ。 
 
何よりも必ず指摘されるべき点は、日本政府が慰安婦の徴募や移送の過程で、政府および軍の介入を積極的に隠蔽しようとした状況が当時すでにあり、これは史料でも確認することができる。 

 

 同志的関係?人間に対する理解不足なのでは 

 

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プレシアン:朴教授の著書の中で論議になったもう一つの大きな課題は、「日本軍」と「朝鮮人慰安婦」が「同志の関係」を結んだという部分だ。彼らが日本帝国の皇国臣民として、同志の関係だったということだが、朝鮮人慰安婦が日本軍に「セックス」というサービスを提供しなければ生き残ることができなかった環境で同志の関係ということができるだろうか?  

 
ユン・ミョンスク:まず、日本人と朝鮮・台湾人は平等ではなかった。もちろん、朝鮮・台湾が日帝強占期当時、日本帝国の領土であり、朝鮮人や台湾人は日本帝国の国籍を持っていた状況だったため、いわゆる「帝国の臣民」だったのは事実だが、すべての資格を同じように与えられたわけではない。同等なら植民地とは呼ばれないから。 
 
それでも朴教授が同志的関係という表現を使ったのは、認識の違いに基づいたものと思われる。慰安婦問題を帝国の視点から捉えるのか、それとも植民地の被害者の立場から捉えるのかがカギだが、朴教授は前者の立場から見ていると思う。 
 
朴教授のこのような認識は、誰が国家暴力の被害者なのかを考える観点からも表れている。当時と同じ「就職詐欺」と呼ばれる方法で、AとBという人が連行されていったとしよう。 Aは南京の慰安所に連行されて行き、Bは満州の売春宿に連れて行かれたとすれば、我々は今、一般的に慰安所に連行された人々の方を犠牲者と捉え、売春宿に連れて行かれた女性は被害者としてみなしていない。帝国の視点から眺めれば、慰安所に注目することになるだろう。しかし、見方そのものを「植民地被害者」の視点で捉えれば、両方とも被害者なのだ。 
 
これは当時の国際法や日本の刑法によっても証明が可能な事案だ。「売買春」のために人を国外に移送することは、当時の刑法にも反する事項であり、慰安婦被害は人道に反する罪などといった当時の国際法に抵触する違法なものであった。 
 
したがって、朴教授は、「同志関係」を証明するために帝国の概念を利用するが、私は「被害者の立場に立ち、慰安婦問題をどのように解釈して理解するか」という観点から、帝国の概念を持って来なければならないと思う。当時、帝国が持っていた属性が原因で被害の様相はさまざまな形で露呈されていたことを示さなければならないだろう。 
 
プレシアン:朴教授は、日本軍と朝鮮人慰安婦が大変な状況の中で、互いに思いやり愛し合い、結婚を約束したりもしたという被害者の証言を著書に記している。同志的な関係でなければ、このほどまでの親密さを持つことは難しいということを遠回しに示したのでは? 
 
ユン・ミョンスク:個人の経験は、十人十色で人それぞれ多様でありうる。そのような個人の経験を同志の関係を証明するために利用したのは、申し訳ない話だが、朴教授は、人間に対する理解が足りないと考えざるを得ない。人はいかなる条件であっても、「生き残るために」なんとか慰めになるようなものを見出すしかないのではないか? 
 
被害者は、笑っても、良いことがあっても、思い出があってもならないと想定し、もしそれに反するような良いことがあったなら、必ずしも被害だけを受けたのではないと考えるのは極めて暴力的な発想だ。被害者なら四六時中憂鬱な人生を送らなければならないのか?人はどんな理由を付けてでもなんとか生きて行かなければならない理由を探しながら生きているものだ。その中で結婚を約束しようが愛しあおうが、様々な人間模様があってしかるべきだろう。文学を研究している方が、このような人間の姿を理解しないで、被害者の人生には「不幸」があるのみと機械的に考えることがどうして可能かむしろ問い直したい。 
 
これに関連しては、米軍基地村で働きながら「アメリカタウンの大姉さん、死ぬ五分前までがんばる」という本を書いた著者のキム・ヨンジャさんの文章を参考にする必要がある。キム氏は本の中で基地村の生活があまりにも辛いので、それを忘れるために、しきりに集まって歌を歌い酒を飲んだと振り返っている。人生とはこんなものだ。
 

慰安婦被害者を「民族の純潔な娘」に仕立て上げたのは、挺対協ではなく韓国社会 
 
プレシアン:朴裕河教授は韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)は、慰安婦被害者を、平和碑(少女像)として表象されている「民族の純潔な娘」というイメージに一本化してきたと批判している。このような指摘についてどう思うか。 
 
ユン・ミョンスク:そのような指摘に同意する。しかし、そのような指摘を挺対協そのものへの批判に持って行きたくはない。慰安婦被害者問題が公論化された1990年代初め、挺対協は、この問題を「加害者日本対被害者朝鮮民族」という構図で論じた。しかし、慰安婦問題をこのような構図で論じなかったなら、果たして韓国社会がこの問題を受け入れただろうか?おそらく「売春婦が稼ぐために日本に行った」と思っただろう。 
 
その意味で、これは韓国社会の問題であって、挺対協だけの問題ではない。今も少女像があちこちに建っているのは、民族主義、少女、純粋イデオロギーが入っていることに注目されたため可能になったと思う。 
 
慰安婦として連行された女性は少女だけではなかった。実際に妓生だった女性もいた。しかし、韓国社会の以上のような雰囲気の中で、どこの誰が「私はもともと妓生だった」と証言することができるだろうか。その意味で、これは韓国社会の問題なのだ。私たちは、売春を自発的なものとし、被害を受けたのではないと認識しているからだ。 
 
この点は、韓国社会の中で慰安婦問題を考える際、重要な部分だ。あたかも売春女性なら、被害者ではないかのように捉えるが、社会的構造、すなわち貧困や福祉政策の不在等により、売春を始めた女性も多い。今の売春も構造の問題から売春が行われていることを理解することが慰安婦問題を理解するために必要な、特に植民地女性の被害を理解するために必ず必要な部分だと思う。 
 
その意味で、個人的には「慰安婦制度」という用語よりも「慰安所制度」という用語は、この問題を説明するために、より適切な言葉だと思う。慰安婦と言えば個人、女性に焦点が合わせられるが、この問題は、個人ではなく、大きな枠組みの構造に焦点を当てて認識する必要がある問題だからだ。慰安婦問題で売春女性と純潔な少女を分けようとするのは、この部分については、韓国社会自らも反省しなければならない。 
 
もちろん、親日をきちんと清算していなかったのも、「民族の純潔な娘」というイメージを表象化させるために貢献した側面がある。私たちの内部の親日をきちんと清算したなら、あえて民族を強調する必要があったのだろうか?そうでなかったため、民族を優先させるのだ。つまり慰安婦問題は、これらの要素が複雑に絡み合っているのだ。 
 
結局、「挺身隊対策協」が平和碑を立てることにより、少女ではなかった被害者たちが、「私は被害者だ」と、しっかりと名乗り出ることを難しくしてしまった。しかし、これは、韓国社会の認識の問題によるものだ。ここから問題提起をするべきだ。 
 
プレシアン:挺対協がベトナム戦当時被害を受けた女性のための相談をしていた活動などを考えれば、単純に民族主義的な視点にのみ立脚していたとは言い難いのではないか? 
 
ユン・ミョンスク:挺対協が発足してから20年が過ぎた。その間、変化していく過程にあったのだ。だから、初期には民族主義的な言説に基づきならが運動をしていたため、その部分を批判することはできる。しかし、20年間すべてを同じものと捉え、今も挺身隊対策協は、民族主義的で国粋主義的な認識に基づいていると批判するのはふさわしくないと思う。最初にそのような運動がなされたなら、なぜそうなったのか、それをどのように克服してきたのかについて、韓国社会全体の観点から眺めなければ、挺対協に対する批判が発展的に社会全体に反映されないだろう。そうしなければ、非難のレベルにとどまってしまうだろう。 
 

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慰安婦問題、「 どのように」解決するかが重要だ
 
プレシアン:慰安婦問題をどのような視点で見るべきか、私たちの社会は、まだ混乱しているようだ。慰安婦問題は「これだ」と確定できる概念がありますか? 
 
ユン・ミョンスク:人々は明快な答えを望んでいるが、慰安婦問題をそう簡単に定義することは難しい。民族差別の問題、女性差別の問題、階級の問題等様々な次元で考えなければならないからだ。それにもかかわらず、私たちがどのような社会を目指していくのかについて考えてみると、この問題を眺める視点がより明確になるのではないかと思う。基本的に、社会的弱者が住みやすい社会を作ることが望ましいと考えている。 
 
そんな中でも、本質は見逃してはならない。多角的に見ることはもちろん重要だが、問題の本質を逃してはならない。最も本質的なものが何なのかを問う事で、どんな解決が可能かを話すことができるからだ。そして、この問題を提起するのは私たちの社会が慰安婦問題をどのように受け止め、これにより、この社会をどのように変えていくのか、最終的な目的があると思う。 
 
プレシアン:そうだとすると、慰安婦問題の本質は何だと思う? 
 
ユン・ミョンスク:国家暴力、すなわち、国家犯罪だ。 
 
プレシアン:すなわち慰安婦ではなく慰安所、すなわち、個人ではなく構造に焦点を合わせなければならないというのだろうか? 
 
ユン・ミョンスク:そうだ。そうすれば、基地村の女性がなぜ暴力を受けた女性であるか理解されるだろう。個人のみに焦点を合わせると、慰安婦問題も業者や売春斡旋業者の責任だけが浮き彫りになるしかない。 
 
プレシアン:構造の問題だとすると、結局、当時に慰安婦を作るよう指示した日本の責任を問わざるを得ない。ところで、現在、日本の政権は、一切の責任をとろうとは考えていないようだ。問題が引き続き平行線を辿るだけということはないのか? 
 
ユン・ミョンスク:しかし、だからと言って解決するために、無理に妥協するのが望ましい方法なのかと問いたい。解決のための解決ではなく、どのように解決するのかが重要だと考えている。そして、解決できなければ、何が限界だったのかを明らかにし、これを明確に認識することが重要だと思う。 
 
1965年の韓日請求権協定もそうだ。政治的な妥協をしていた当時の協定のせいで問題の解決はより困難になったのではないか?今回も同様に無理に政治的妥協を推進すれば、当時の協定を繰り返すことになる。 
 
慰安婦問題解決のために活発な議論が必要な状況で、日本は絶対に強制連行を認めることはないとの理由から、また「女性のためのアジア平和国民基金」を作った人々の努力を認めて妥協しなければならないというふうに話をすれば、我々は、歴史から何の教訓も得られないだろう。 
 
だからといってこの問題を解決しないという話ではない。解決そのものよりも、どのように解決するかがより重要だということだ。慰安婦被害者一人一人で見ると、この人たちのために早期に解決することが重要だが、この問題が歴史的、社会的な事件であることも明らかだ。だから被害者でない人々も、関心を持ち集中し悩むのだ。その意味では、どのように解決するかに重点を置くべきだ。 
 
また、朴裕河教授の<帝国の慰安婦>がどのように解決するかを議論する場を広げたのはそれなりの意味があると思う。今の慰安婦問題への関心と注目を肯定的な方向に持って行かなければならない。 
 

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プレシアン:一部では、<帝国の慰安婦>の論理が日本の右翼とあまり違わないという批判が出ている。実際、日本の右翼にこの本が力を与えることができるという恐れもある。 
 
ユン・ミョンスク:懸念のポイントが間違っているようだ。もし日本や韓国で右翼が大きな位置を占めていなかったなら、朴裕河教授の話が力になるとしても大きく気を使うことはなかったはずだ。私たちが憂慮すべきは、慰安婦問題を人権問題として見ないで、これを卑下したり、差別する人たちが主流とされている状況だ。 
 
つまり、慰安婦問題を人権の側面から見れば、この問題に対する認識が共有されて、そういった認識をする人が増え、このような人々が主流にならなければならないと思う。 
 
プレシアン:民族主義を越えて、慰安婦問題を解決するために持って行かなければなら思想的武器のようなものはないか?もちろん、先に述べたように、「民族の純潔な娘」というイメージを出さなかった場合、私たちの社会で慰安婦問題が受け入れられにくかったというのに共感するが、それだけで問題を解決するのは難しいのではないか? 
 
ユン・ミョンスク:この問題は、日本が加害者で韓国が被害者という式の構図だけで話すと解けない問題がある。ベトナム戦争で韓国軍が性暴力を起こしたことや、韓国軍が韓国戦争で慰安婦を置いたこと、1970年代の米軍基地村を政府が管理した事実等を見た時、民族対民族の構図では解決できない状況が明らかにある。 
 
そこで、この構図を越えることができる韓国と日本、またその他の国の市民間の連帯が必要だ。国単位で分かつことができない市民間の連帯を広げていかなければならない。実際に、1990年代に日本で慰安婦被害者たちを支持した市民たちは、韓国と一緒に連帯していると考えた。学者層、市民運動、一般市民など、さまざまな層で、このような動きがあった。 
 
同時に政府と市民社会が横に連携できる方策も必要だ。民族の問題ではなく、特定の事案に対して権力と民衆、市民社会が、志を同じくして連帯することができる想像力が必要だと思う。 
 
プレシアン:おっしゃるとおり、政府と市民社会が一緒に問題を解決することができる方案を作成する場合は、より解決に近づくことができると思う。現在、韓国政府が慰安婦問題解決のための局長級協議もしているところだ。 
 
ユン・ミョンスク:しかし残念な部分がある。政府がこの問題に責任ある態度で臨むように見えないからだ。 
 
最近日本で河野談話の作成経緯を検証する報告書が出た。この報告書では、日本は自分たちに有利なものを入れて不利なものは除外した。しかし、報告書の内容よりも注目したことは、日本で政府が前面に出てこの報告書を作ったという事実だった。 
 
この報告書を作成する事務局が日本の内閣官房と外務省にあった。そして日本政府は、報告書を作成した5人の身分を一時的に公務員にした。これはすなわち、政府がこの問題を主導しているということを示すものだ。世界の世論から非難されている検証結果も、日本は政府の名をかけて送り出しているのだ。 
 
しかし、私たちはどうなのか?最近慰安婦の白書を作るとしたが、白書は文字通りの白書に過ぎない。政府の報告書を作成しなければならない。韓国政府は1992年に中間報告書を作成した後、これまで政府の報告書が出したことがない。 
 
私が言う政府の報告書は、慰安婦問題に対する韓国政府の立場を明確に示す報告書を意味する。現在、女性家族部を中心に白書を作るとしたが、これは政府が責任を負いたくない印象を与える。もちろん、報告書を作成するために民間の専門家が必要だ。専門家でない行政職員がどのように慰安婦問題に対するすべての報告書を取りまとめることができようか?しかし、その報告書の名義、主体は明らかに政府がしなければならない。そうすれば、正確な韓国政府の立場だと、国内だけでなく国際社会にも打ち立てることができるからだ。さらに、韓国政府がこのように、責任ある態度で臨むこと自体が被害者たちにとっての名誉回復であり、正義が実現される方法であり、治癒がなされる道でもあると思う。

 

[原文] "위안부 아니라 위안소 문제, 명백한 국가 범죄"(http://www.pressian.com/news/article.html?no=118436)

 

日本の軍隊慰安所制度と朝鮮人軍隊慰安婦

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従軍慰安婦 (岩波新書)

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