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『帝国の慰安婦』を取り巻く論争に対する賛同者のコメント

朴裕河「帝国の慰安婦」

 

●岡野八代 (同志社大学教授)

日本軍「慰安婦」問題の解決のために直視すべきは、日本軍性奴隷制という、いまだ法的に裁かれていない国家犯罪の歴史であり、その制度の下で被害にあった女性たちが、この歴史的犯罪に対して、国家としての責任をとるよう訴えているという点です。その事実をいかに捉え、彼女たちの訴えにわたしたちがどのように応えるのかが、いま問われています。

●中野敏男 (東京外国語大学教授)

『帝国の慰安婦』事態について「学問の自由と表現の自由という観点からのみアプローチする態度について深く憂慮する」とされた声明を強く支持します。ここで最も深く配慮されなければならないのは、日本軍「慰安婦」制度により深刻な人権侵害を受けた被害者が存在するという事実です。その被害者が「名誉を毀損された」と訴えているのに、その声に耳を貸さず、あるいは「名誉が傷ついたとは思えず」と勝手に決めつけて、ただ「学問の自由」のみを声高に訴える日本とアメリカの知識人54名の「抗議声明」は、問題の核心を取り違えていると言わざるをえず、「慰安婦」問題の解決に繋がらないばかりか、人権侵害に抗する「学問の自由」を本当の意味で守る力にもならないと思います。日本にも『帝国の慰安婦』が根拠なく被害者を貶める著作であることに強い批判はあり、学問的にも継続して問題点を明らかにしていきたいと思っています。

●秋林こずえ 同志社大学教授

日本軍性奴隷制度被害者/サバイバーの方々が今も耐えなければならない苦痛を少しでも軽減し、なくすことができるような社会のあり方を追究する学問研究に、引き続き取り組む必要性を強く感じ、声明に賛同しました。
●早川紀代 総合女性史学会前代表

日本軍「慰安婦」の解決は、日本軍の性暴力をうけた女性たちが、20年以上日本政府に対して要請しつづけてきた事柄、日本政府の公的な謝罪と賠償を実現することなしに基本的には解決の道はないと思います。大勢の女性たちが胸にわだかまりをもったまま、命をおえていることを考えると猶更そう思います。

●金富子 (東京外国語大学教授)

今回の事態を通して、もっとも尊重されるべきは被害女性の名誉と尊厳です。「ナヌムの家」被害女性9人が『帝国の慰安婦』の「同志的な関係」「協力者」などの記述に対して、やむにやまれぬ気持ちで、朴裕河氏を名誉毀損で提訴したことを尊重すべきだと思います。かつて大江健三郎氏が出版禁止事件に際して「発表によって苦痛をこうむる人間の異議申し立てが、あくまでも尊重されねばなりません。それなしでは、言論の自由、出版の自由の人間的な基盤がゆらぐことになりかねません」と発言したように、今回の件で「苦痛をこうむる人間」は被害女性です。したがって、まず著者である朴裕河氏は被害女性に対して真摯に謝罪すべきではないでしょうか。

●北原みのり (作家)

本書を巡る言論は、日本社会が今、「慰安婦」問題をどのように「捉えたがっている」かを表象しているように映ります。私は、日本のフェミニストの一人として、これ以上傍観してはいけないという自らの反省も含め、この問題に真摯に向きあいたいと考えています。最も苦痛を味わった女性たちをさらに苦しめる言説を、これ以上許してはいけない。日本在住のフェミニストと共に、声をあげていきます。

金 英(キム・ヨン 釜山大

朴裕河氏は戦時性暴力という人類に対する犯罪を犯罪者を「説得」し外交的に解決する問題だと考えているのか?日本軍「慰安婦」問題は決して外交的に解決できる問題ではない。たとえハルモニたちがみんな亡くなってしまう時まで加害者の責任のある真の謝罪と賠償を受け取ることができないとしても、たとえ私たちの世代が死ぬまで解決できないとしても、次の世代が受け継ぎ戦い続け、解決しなければならない問題である。40年近くも日本帝国主義から受けた被害と傷を打ち明けることもできず苦しい人生を送ってこられたハルモニたちがこの問題を全世界の人へ向けて語り、戦争性犯罪が人類に対する犯罪であることを皆が認識できるようにしたこと自体がこれまでの30年余りの努力、運動の結果である。

●金 昌禄(キム・チャンロク) 慶北大


日本軍「慰安婦」問題を含む「日韓過去清算」という課題は非常に大きなものです。短く捉えても35年という長い歳月の間に続いた「過去の歴史」に関する課題です。その「過去の歴史」を解決しなければならなかった、しかし結局解決できないまま続いてきた70年というもう一つの「歴史」に関するものでもあります。去る70年間、数多くの外交的、政治的、社会的葛藤が存在し、その過程で非常に複雑な法的論議も広がりました。そして何より今でも大きな痛みを抱いて暮らしていかなければならない被害者たちがいます。このように膨大で複雑な課題に接近する「研究者」には真に厳格な学問的姿勢が要求されます。これこそが「<帝国の慰安婦>事態」の核心です。そのため「<帝国の慰安婦>の学問的厳格性」を点検する作業が必要です。その作業は<帝国の慰安婦>の著者だけでなく、関連する「研究者」すべての「学問的厳格性」が問われる作業でもあるでしょう。

●ペ・ウンギョン ソウル大

長い長い間、沈黙と苦痛に耐えねばならなかった方たち、しかし強く生き延びてこられ、その存在として歴史の証人になられた方々、ハルモニたちのおかげで人類は植民支配と国家暴力、戦争の前に最下層の犠牲者として消されてきた数多くの女性たちを記憶することができました。どのような個人、どのような民族、どのような集団であれ、ハルモニたちの名誉と人権を剥製にしようとするすべての試みに反対します。

●イ・ギホン 江原大
学問の自由という名前で、社会的で政治的な含意が大きい事案について十分に検討しない主張を示しながら社会的弱者たちの状況を悪化させることは学者としての責任のある姿勢だとは言えない。

●李娜栄(イ・ナヨン) 中央大
何よりも今この事態をハルモニたちがどう感じているのかを考えると心が重苦しい。被害当事者の痛みを冷遇したまま彼女たちが提起した問題を外部で問題にし、検察対朴裕河という問題として糊塗し日本軍「慰安婦」問題の本質を曇らせ、生存者の被害をさらに重くしている現実をもどかしく感じる。無責任な日本政府がこの問題の根本的な原因であることを私たちは皆、直視しなければならない。

●イ・ミョンウォン 京畿大
学問的に多くの間違いと主観的な叙事を含んでいる本が論議を呼び起こすという事実それ自体に怒りを感じている。何より重要なのは被害者中心主義を堅持することだ。慰安婦ハルモニたちの人間的尊厳を守るための努力に、学者のひとりとして寄与したい。

●李在承(イ・ジェスン) 建国大
有名なチョムスキーはフランスの修正主義者フォーリソンがホロコーストを否認する言動で罰金刑が下されて大学の講壇から追放されると、そのような決定を批判し国際的な救命隊列に参加した。(もちろん国連自由権委員会はフォーリソンを処罰した決定が何の問題もないという決定をした)。チョムスキーは後にフォーリソンの著作を読んだのかという質問に対し、問題となっている著作は読まなかったと答えた。チョムスキーは表現の自由を断固として擁護するために、その発言の内容を知る必要はないのではないかと反問した。そうだ。チョムスキーにとってはまさに表現の自由が真理であるためである。しかし表現の自由を擁護して同時に内容の真理性まで擁護するのは問題のある態度である。12月2日、多数の韓国の著述家および学者が<帝国の慰安婦>の学問性に言及し日本で重要な著作賞を受けたという点を指摘した。だとしたら彼らは賞の権威を借りてその本の内容を保証することによって手に土を付けることになったのである。まず外交的に論議が続いている問題に対し日本の立場に立っていることを明確にしている著作に対し日本社会が賞を与えたという点に注目する。次に<帝国の慰安婦>に与えられたその賞は日本国内に通用した常識(自発的売春フレーム)を根本的にひっくり返す歴史的資料を発掘した学者(例えば、慰安婦・慰安所は日本軍部が企画・指示した国家犯罪という点を論証した吉見義明)には与えられなかったという点にも注目する。誰が利害が相いれない局面でニューヨークタイムズを信じ、誰が朝日新聞を信じるのか。日本軍慰安婦問題は国籍や民族主義の問題ではない。戦争と植民支配下の女性の人権に対する総体的な侵害であり、戦争犯罪、または、人道に対する犯罪である。それは日本の女性でも朝鮮人女性でも、誰に加えられたとしても同じことである。したがって日本軍人と日本人慰安婦女性の関係であっても同志的な形を前提にするのではなく、それも(女性に対する)人道に対する犯罪であったと考えなければならない。一歩遅れて来る歴史はより一層苛酷に過去の真理をあばき出すよう強制する。私たちは皆、更に学ぶ必要がある。

●ジョン・ジェウォン 国民大
階級と民族、国家、そしてジェンダーに対する粗雑な理解が間違った見解を産み出し、重要な問題を薄めている。貧しい労働者、農民の息子であり強制的に徴集され、人生が聖者のようでったガンジーのような人でも、彼が植民地の民衆を殺害し弾圧する帝国主義の軍隊に服務する限り彼は「制服を着る労働者」でなく「帝国主義軍隊の軍人」として捉えられなければならない。当然、帝国主義に服務する韓国男性支配者の責任も大きい。だからといって日本帝国主義の蛮行が薄められるのであろうか。これは民族主義的立場からでなく、普遍的女性人権の立場から見なければならない問題である。

●チ・ウニ 德成女大 前総長)

すべての研究テーマと研究の目的は研究者の主観の産物です。しかし<帝国の慰安婦>の著述の目的は日本軍性的奴隷制度の責任が日本政府にあるのではないということを証明することであるようにみられ、しかも今まで提出された客観的史料の検討さえせず意図的に自身が望む結論を導き出したように見えます。このような態度を学問の自由という名前で保護しなければならないのか疑問です。ハルモニたちの人権と尊厳性名誉は学問の自由のために犠牲になっても良いのでしょうか。自らもう一度自問されることをお勧めします。

<全世界から送っていただいたコメントのうちの一部>

『(この事態は、)加害者が自身の行為が加害であったことを認めないでいる現実をかえないまま、加害者と被害者の和解を成し遂げようとする主観的な意図が客観的には加害者の利益に有利である地点から葛藤を封じ込めるものであることをよく見せてくれる事例だと考えます。また、抽象的に表現の自由を擁護しながら表現されたものが「今、ここ」の具体的状況での道徳的・政治的な意味についての質問と論争を回避することは、客観的に表現する権利と表現手段に対する接近性をより多く持っている集団を擁護することであるということをよく見せてくれる事例だと考えます。』
『これは最終的には過去事問題に消極的である日本政府の問題から始まったものであり、日韓両国の知性の間の学問的討論と論戦を通じて解決されなければならない問題であることを忘れてはいけない。』
『朴裕河の本も、検察の起訴をもって日本で大きな問題となることも、全て日本政府の5億ドル予算を通じて成り立っている歴史歪曲活動の一環だと考えます。ホロコーストの場合のように歴史的事実自体について論議の余地がないように公信力のある国際機構が主導して徹底した真相究明が先に行われなければならないでしょう。徹底した真相究明は韓国政府と日本政府の間で進められている交渉で扱われなければならない最初のテーマではありますが、あまり希望が持てませんよね。そうだとしても絶えず根本問題について提起し、関心を喚起させるのは重要だと考えます。ありがとうございます。』

“Justice delayed because justice denied. Our history books must reflect the truth of the 'Comfort Women' story. No woman or girl should ever have had to endure this crime.
Never again.”
“I support a site for a fully transparently academic, scholarly interrogation into the question of state responsibility of comfort women crime. The UN bodies and scholars have established undeniable facts of state responsibility and yet this debate ensues. If found guilty of intentional denialism, Japan should be held fully accountable for distortion of facts and negligence of the truth in addition to compensation and full apology to the victims.”

『日韓両国の未来という公の利益のために必ず正し解決されなければならない問題です。』

『慰安婦ハルモニたちの痛みが治癒され、この問題が正当に解決されることを心から願います。』

『慰安婦ハルモニの証言の内容を朴裕河教授が当事者の許可もなく任意で編集、抜粋、発表したこの事件。基本的な「研究倫理」違反に該当する内容であるのに、その延長線上で今後、<帝国の慰安婦>の内容的・研究方法的次元での総体的で精巧な分析と公開討論が必須だと判断します。』

『被害者であるハルモニたちの視線で見ましょう。』

『専門家でも研究者でもありませんが、朴裕河教授の本を読んで見て、最初の数ページから違和感を覚え、読み進めるのが苦痛になりました。なんとか概略を読みましたが。こんな内容が日本の良心的知識人(しかも私たちが信頼している方たち)に評価されていることが、とても驚きでした。朝日新聞社が出版しているのもとても意図的だと思いました。』

『「学問、表現の自由」を錦の御旗に掲げ、それを絶対的正義とすることによって自らの立場性を不問にする日本の一部の学者に憤りを覚えます。』

『性暴力犯罪の裁判において、しばしば「合意があったか否か」が争点となることがあります。性暴力被害者が恐怖のあまり抵抗できなかった、人間性を否定されたあまり「自分が悪かったのではないか」と一人苦しみ続けていることは、よく知られたことです。今回の朴裕河『帝国の慰安婦』は、そうした性暴力者を苦しめ続けてきたレトリックを、戦時性奴隷という、国家による性暴力に対してまで、あてはめたもので、到底許しがたいと思いました。『帝国の慰安婦』事態に対する立場、に賛同し、公開討論会を開催することに賛成します。』

【出典】『帝国の慰安婦』を取り巻く論争に対する賛同者のコメント
http://maeda-akira.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html